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福岡地方裁判所 平成3年(ワ)1044号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告ら三名に対し、合計金一三〇〇万円及びこれに対する平成三年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告ら三名は、被告に対し、平成二年六月二九日、原告らが所有する別紙物件目録記載の不動産(以下「本件土地」という。)を次の約定の下に代金一億三〇〇〇万円で売り渡した(当事者間に争いがない。)。

(一) 買主は、売り主に対し、手付金として本契約締結と同時に金一三〇〇万円を交付する。手付金は残代金支払のときに売買代金の一部に充当する。

(二) 買主は、残代金一億一七〇〇万円を平成三年四月三〇日までに現金又は預金小切手で支払う。

(三) 売主及び買主は、本契約締結の日から平成二年七月三一日までは、互いに通知の上、本契約を解除することができる。売主が右により本契約を解除したときは、売主は、買主に対し、受領済みの手付金を返還し、かつ、それと同額の金員を支払うものとし、買主が解除したときは、買主は、売主に対し、支払済みの手付金を放棄しなければならない。

(四) 売主又は買主のいずれかが本契約に基づく義務の履行をしないときは、その相手方は、不履行をした者に対して、催告の上本契約を解除し、違約金として売買代金の二〇パーセント相当額を請求することができる。

(五) 売主は、本契約締結時に本件土地上に存する建物等については、その責任と負担で解体撤去し、更地の状態で買主に引き渡すものとする。

2  原告ら三名は、右1の売買契約(以下「本件売買契約」という。)締結と同時に、被告から手付け金一三〇〇万円の交付を受けた。そして、本件土地の引渡日である平成三年四月三〇日までに、原告らが居住していた本件土地上の建物(木造瓦葺平屋建居宅床面積99.18平方メートル)を解体撤去し、本件土地を更地にした(当事者間に争いがない。)。

3  被告は、平成三年四月三〇日までに残代金一億一七〇〇万円を支払わなかったので、原告は、平成三年五月九日付け書面をもって、書面到達後五日以内に残代金を支払うよう催告するとともに、右期日までに残代金を支払わない場合には右期日の経過と同時に本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月一〇日に被告に到達したが、被告は同月一五日までに右残代金を支払わなかった(当事者間に争いがない。)。

二  争点

1  原告は、被告の残代金支払義務の不履行を理由に、右一1の四の違約金の定めに基づき、売買代金の二〇パーセントに相当する金二六〇〇万円から受領済みの手付金一三〇〇万円を控除した残額金一三〇〇万円の支払を請求する。

2  これに対して、被告は、本件売買契約には、売買代金の調達に融資金を利用する場合において、融資が否認された場合には、売主は、買主に受領済みの手付金等の金員を無利息ですみやかに返還しなければならない旨の融資利用の特約(以下「融資利用の特約」という。)がされていたところ、被告は、本件売買契約締結後、訴外株式会社西京銀行に本件売買代金の融資の申し入れをしていたが、一億三〇〇〇万円もの売買代金を前提としての融資は否認されたため、右特約に基づき、原告に対し、平成三年四月一七日ころ、口頭で契約解除の申し入れをした上、原告がした右一3の契約解除の意思表示よりも前の平成三年五月七日及び八日到達の書面により、本件売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、手付金一三〇〇万円の返還請求をしたと主張する。

3  したがって、被告主張の融資利用の特約の有無が本訴における争点である。

第三  争点に対する判断

一  本件売買契約の締結に当たって作成された不動産売買契約書(〈書証番号略〉。その成立については当事者間に争いがない。)裏面には、第一三条(融資利用の特約)として、「買主は、売買代金の一部に表記の融資金を利用する場合、本契約締結後すみやかにその融資の申し込み手続きをしなければなりません。2 前項の融資が否認された場合、買主は表記の期日内であれば本契約を解除することができます。3 前項により本契約が解除された場合、売主は、買主に受領済みの金員を無利息にてすみやかに返還しなければなりません。」との記載がある。しかしながら、同契約書表面の「融資の利用(有・無)」欄、「融資申込先」欄、「第一三条第二項の期日」欄はいずれも空白になっており、何らの記載もされていない。

二  ところで、〈書証番号略〉、証人新開憲之及び同深町敬輔の各証言によれば、原告らは、本件土地の売り出しに当たって、訴外三井不動産販売株式会社九州支店を仲介人としていたこと、本件売買契約の締結の際には、売主側として原告安永眞言のほか三井不動産販売株式会社九州支店北九州営業所長の訴外深町敬輔及び同社の宅地建物取引主任者の訴外牧耕造が、買主側として当時被告会社福岡営業所長であった訴外新開憲之及び被告会社専務取締役の訴外井上がそれぞれ立ち会ったこと、その際、訴外新開から、残代金の支払については取引先の銀行から融資を受けて行う旨の話が出たこと、同訴外人は、取引先の銀行が複数ありどの銀行から融資を受けるかまだ決まっていないので、本件売買契約書表面の融資申込先は書かなくてよい旨申し述べたこと、同訴外人は、原告側に対して、融資を利用するけれども、融資が受けられないことはないから、契約を解除することはない旨話していたこと、他方、原告側からは、融資利用の特約を付けないで欲しい旨の要望は一切出されなかったこと、訴外深町は、本件売買契約書裏面記載第一一条の手付解除(右第二の一1(三)参照)の期日である平成二年七月末ころ、訴外新開に対し、契約解除の有無を確認したが、同訴外人より解除しないとの回答を受けたため、原告らは、同年九月八日ころ、住宅新築工事に着手し、その後平成三年四月五日ころ、本件土地上に存した建物の解体撤去工事に着手したこと、他方、被告は、訴外株式会社西京銀行に融資申し入れをしたが、同銀行から本件土地の付近の国土法価格一坪当たり約一〇〇万円を超えて融資はできない旨指摘されたため、被告は、原告ら及び訴外三井不動産販売株式会社に対し、平成三年四月一二日付け書面をもって、残代金の支払時期を同年七月三一日まで延期してほしい旨申し入れたが、原告らはこれを拒否したこと、そこで、被告は、右国土法価格での融資を受けるため、代金減額を申し入れたが、原告らはこれをも拒否したため、訴外新開は、同年四月二五日、契約解除の申し入れをし、続いて、被告は、同年五月二日付け書面をもって、原告らに対し、融資利用の特約(本件売買契約書裏面第一三条三項)に基づいて支払済みの手付金一三〇〇万円の返還を請求したこと、その前後にも訴外三井不動産販売株式会社を通じて原告らと被告との間で代金を減額して本件売買を維持する方向での交渉が重ねられたが、結局合意に至らなかったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  そこで、右一、二において認定判示した事情の下において、本件売買契約締結に際し被告が主張するような融資利用の特約が成立したものと認められるか否かであるが、〈書証番号略〉及び同証言によれば、被告会社においては、不動産の購入に当たって本件のようないわゆる融資利用の特約を付けないときは、契約書中の融資申込先等の該当欄を抹消する扱いであること、融資利用の特約を付けない場合であっても、売買代金の調達は融資を受ける方法によっていること、融資利用の特約を付けるか否かは専ら売主側の要望によっており、売買契約の締結に当たって売主側から融資利用の特約を外してほしい旨の申し出があった場合に限って、右のように契約書の該当欄を抹消する方法により右特約を付けない旨を明らかにしていること、訴外三井不動産販売株式会社(九州支店)が仲介人となる取引においても被告会社における右扱いは異ならないこと(〈書証番号略〉参照)、なお、福岡県宅地建物取引業協会の契約書定型様式においては、いわゆるローン特約の欄(融資申込先欄及びローン利用の特約条項有効期限欄)には、注としてローン特約を付けないときは、この欄を抹消のことと記載されていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、右一において判示したとおり、本件売買契約書(〈書証番号略〉)裏面の第一三条には、「表記の」融資金を利用する場合(同第一項)及び「表記の」期日内であれば(同第二項)と記載されているにもかかわらず、同契約書表面の「融資の利用」欄、「融資申込先」欄及び「第一三条第二項の期日」欄はいずれも空白であり、「融資の利用(有・無)」欄を含めて、何らの記載がされていない。

しかしながら、右に認定判示した融資利用の特約に関する被告会社の一般的取り扱いに照らして、右二において認定判示した本件売買契約締結の際の当事者間の言動を考察すれば、本件の場合、本件売買契約締結の場において融資のこと(及び「融資申込先」欄等の記載のこと)が話題に上っており、しかも原告側には仲介人として訴外三井不動産販売株式会社の担当者らが同席しているにもかかわらず、原告側から融資利用の特約を外して欲しい旨の申し出がされなかったというのであるから、証人新開憲之の証言どおり、被告としては、融資利用の特約(本件売買契約書裏面第一三条)の適用があるとの前提の下に、本件売買契約書の該当欄を抹消することをせず、ただ、取引銀行が複数存して具体的融資申込先が未確定のため、「融資申込先」欄及び「第一三条第二項の期日」欄をいずれも空白のままにしたものと認めるのが相当である。

他方、原告側としても、融資が受けられないことはないから契約を解除することはない趣旨の訴外新開の言を信じ、融資否認を理由とする契約解除はあり得ないものと判断して(訴外深町自身、その証人尋問において、訴外新開が右のような説明をしたから融資否認を理由とする契約解除はないものと考えていた趣旨の供述をしている。)、本件融資利用の特約の排除にあえて言及しなかったものと認めるのが相当である。

右のような当事者双方の認識に加えて、右に認定判示したとおり、社団法人福岡県宅地建物取引業協会の契約書定型様式においては、ローン特約を付けないときは、ローン特約の欄を抹消のことと注記されており、右定型契約書による場合には一般にそのような扱いがされているものと認められること、及び、一般に、不動産売買契約の締結時点において融資申込先が確定していない場合も例外ではないと考えられるのであり、本件融資利用の特約(本件売買契約書第一三条)がそのような場合を常に除外する趣旨であると解するのはかえって不自然というべきことをも併せ考えると、前記判示のような本件売買契約書の記載にもかかわらず、本件売買契約には、被告主張の融資利用の特約が付されている(すなわち、本件売買契約書第一三条の適用がある)ものと認めるのが相当というべきである。なお、本件売買契約書においては、「融資申込先」欄のみならず「第一三条第二項の期日」欄も空白となっているところ、証人深町敬輔の証言中には、融資利用の特約の適用がある場合には同欄は必ず記載することになっている趣旨の供述部分が存する。しかしながら、右「第一三条第二項の期日」、すなわち、融資否認を理由とする契約解除期間については、そもそも融資は売買代金(の一部)の支払のために利用されるものであるから、売買代金の支払時期までに融資が実行される限り目的は達せられるのであり、したがって、売買代金の支払時期までに融資が否認されれば、買主としては融資否認を理由に契約を解除できるとしても別段不合理とはいえないが、ただ、代金支払時期まで融資否認を理由とする契約解除ができるとした場合には、売主の地位が不安定になるから、これを避けるため、代金支払時期とは別に融資利用特約に基づく契約解除期間を定めることができるとする趣旨であると解される。そうであるとすれば、右契約解除期間が特に定められていない場合には、融資の利用に係る売買代金の支払時期まで融資否認を理由とする契約解除ができる趣旨であると解するのがむしろ自然というべきであるから、本件売買契約書の「第一三条第二項の期日」欄が空白となっているからといって、本件融資利用の特約の成立を認定することの妨げとはならないものというべきである(なお、本件売買契約の場合、残代金の支払時期は契約締結の約一〇か月も先に定められているが、右二において認定判示した事実経過及び〈書証番号略〉の記載によれば、原告らは、本件売買契約締結後、別にその居住のための住宅を新築し、その完成後に本件土地上に存する旧宅の解体撤去を行う予定であった事実が推認され、本件土地の引渡しに関する右のような買主側の事情が右引渡しと同時履行の関係にある本件売買残代金の支払時期の定めに反映しているものと推測されるところである。)。

四  結論

右に判示したとおり、本件売買契約には、被告主張の融資利用の特約が付されている(すなわち、本件売買契約書第一三条の適用がある)ものと認められるところ、右二に認定判示したとおり、被告は株式会社西京銀行に融資申込手続をしたにもかかわらず、本件売買代金額が国土法価格を超えていることを理由に残代金の支払時期である平成三年四月三〇日までに融資が認められなかったのであり、被告は、右期日より前の同月二五日に訴外三井不動産販売株式会社を通じて融資否認を理由とする契約解除の意思表示をしたのであるから、被告の債務不履行を理由とする原告の本件違約金請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

(裁判官 西川知一郎)

別紙 物件目録

福岡市南区長住二丁目八区一〇八番

宅地 278.64平方メートル

(持分 原告ら三名各自三分の一)

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